がん

ガン

腫瘍マーカーの数値も目安となりますが、今までの症例で抗がん治療・放射線治療・その他の療法と併用していない場合、吉報源を摂取直後から2週間~1ヶ月間の間、腫瘍マーカーで免疫由来だけが上昇する傾向があります。その後、大半の患者様は免疫由来腫瘍マーカーが下降します。目安として免疫由来でないマーカーを見ることを推奨します。

また、その間、発熱やだるさ、下痢などの症状を伴う場合もありますが、免疫力が向上してがん細胞を攻撃するとこのような症状が出る場合があるようです。

[ がん患者様のご注意 ]

腫瘍マーカーの数値も目安となりますが、今までの症例で抗がん治療・放射線治療・その他の療法と併用していない場合、吉報源を摂取直後から2週間~1ヶ月間の間、腫瘍マーカーで免疫由来だけが上昇する傾向があります。その後、大半の患者様は免疫由来腫瘍マーカーが下降します。目安として免疫由来でないマーカーを見ることを推奨します。

また、その間、発熱やだるさ、下痢などの症状を伴う場合もありますが、免疫力が向上してがん細胞を攻撃するとこのような症状が出る場合があるようです。

[ 吉報源で健康を取り戻すのに難しい条件は ]

  • がん患者で4期以上の場合は死亡例がある。3期までは楽観できるが4期は予断を許さない
  • 偏食や食が細い場合
  • 手術をしている場合、腸閉塞などの死亡例はある
  • 過度な化学療法を行っている場合

吉報源は即効性がないので、健康に戻す為に余命は半年欲しい。しかし、末期でも延命は可能。

【症例1】 膵臓から肺に転移 40歳 男性

咳が止まらないので病院に行ったところ肺に腫瘍が見つかり、2003年6月に余命1ヶ月と宣言される。

セカンドオピニオンの医師を訪れる。その時の症状

  • 肺がんの抗がん剤(イレッサ)の副作用と思われる湿疹があり皮膚のかゆみがある。
  • 咳がとまらず、痰がひどく一時間に一箱のティッシュペーパーを使用する。
  • 余命一ヶ月の宣言を受けて、家族全員お通夜のような状態。

[ 2003年 6月 30日 ] からセカンドオピニオンの医師が抗がん剤によるがんの休眠療法を行う。

休眠療法により当初、腫瘍マーカーが低下するが8月より数値は横ばいで変化なし。

[ 2003年 9月 26日 ] からセカンドオピニオンの医師より吉報源を処方される。
吉報源摂取 5日目
皮膚のかゆみが無くなる。
2週間後 胸部レントゲンで改善が見られる。
4週間後
咳がピタリと止まる。(ご本人、ご家族はかなり驚く。) 胸部レントゲンは変化無し。

◆肺がん 60代 男性

『肺がんに関する経過報告』
06年6月動悸息切れを意識するようになり、6/23日ホームドクターで心電図及びX線検査を受けた処、心電図には異常が認められなかったが、X線検査では右胸上部肺末端部に陰影が確認され癌が疑われるとの所見で、早い機会に精密検査するようにとの診断。その後の経緯は以下の通り。

  • 8/17日
    山梨日赤病院でCT撮影の結果肺気腫が確認される。併せて肺癌らしき痕跡が確認され、気管支ファイバーで組織を採取し検査をする様強く勧められ、医師の強い指示で気管支ファイバー検査を予約。
  • 8/30日 山梨日赤病院で診察
    肺の末端部でもあり確実に組織が採取できる可能性は低いとのことと併せて肺気腫の関係で気胸に陥るリスクもあり今の快調な生活を当面は維持したいとの私の強い希望で経過観察することにして戴いた。
  • 10/4日 X線検査
    少し大きくなった様に見受けらるとの所見で再度気管支ファイバーで組織検査を進められる。リスク、組織の確実な採取の点で納得できないので癌専門の病院で検査してもらうことを決断。
  • 11/9日、11/17日静岡ガンセンターでX線検査、CT検査。
    山梨日赤病院と同じ所見で組織採取を進められるも同様な理由で経過観察をお願いした処、引き続きPET検査をする事になった。
  • 11/30日 静岡ガンセンターPET検査。
  • 12/7日
    PET検査の結果は80%以上の確率で癌であるとの所見であり、呼吸器外科医の診断を進められるが、冬季の海外滞在の計画(1/15日~2/13日)も有り出発前に再度X線検査を受けその結果をみて旅行をどうするか判断することとした。
  • 12/10日 吉報源2箱注文、好転することを期待し2包/日の服用を開始した。
  • 1/7日 静岡ガンセンターで
    X線検査の結果少しおおきくなった様な感じもするが、何れにしても動きが小さいので旅行に出かけても問題ないとの主治医の判断で計画どおり旅行に出かけることとした。
  • 1/10日 吉報源 2箱追加注文,引き続き2報/日服用を継続。
  • 2/8日 吉報源 今回2箱分服用完了。
  • 2/19日 帰国後、静岡ガンセンターで念のため頭部のCT検査をするも問題なしとの診断。
  • 2/22日
    静岡ガンセンターでCT検査の結果、少し縮小した様に見受けられるとの所見で当分の期間1回/3ヶ月程度の周期で経過観察することで良しとの診断。
  • 5/8日
    山梨日赤病院でCT検査の結果、一時最大15mm程度あったものが10mm程度になり不活性化している様に見受けられるとの所見で次回は半年後の07/11月頃CT検査で経過を観察する事になり一先ず安堵。

追記
01~02年に患った強皮症(膠原病の一種)の際この病気には効く薬はないと通告されたが、幸いにして「吉報源」に出会い又併せてユーン様の指導を頂き完全に治癒しその後近年になく快調で楽しい老後の毎日を送っておりました。

突然今回「肺がん」の宣告を受け非常に大きなショックを受けましたが、またまた心強い「吉報源」のお陰で肺ガンも今の処小さくなり不活性化している様だとの所見で、一先ず安堵し「吉報源」に感謝しつつ毎日をおくっている処です。引き続き毎日少しづつでも服用を続けたくは思いますが、余りにも高価すぎて中断しているのが現状です。何か異常があればその時に服用すれば必ず快癒するものと信じ、強い味方「吉報源」に出会えたことに感謝している毎日です。

治療法もない病で苦しんでいる皆さんに私の経験した「吉報」を是非ともお伝え致し度く考え今回経過報告を纏めることに致しました。

◆肺がん 40才代 男性

肺がんで抗がん剤を受けてから髪が抜け出し、起きているのが疲れるので、ほとんど横になっている。ムカムカして食欲もない。

キッポーを飲みはじめて
1日目 変化なし
2日目 変化なし
3日目 なんとなく気分が良い。
4日目 気分が良く起きるのが苦にならなかった。
5日目 吐き気がなく、少し食事を摂った。
6日目
久しぶりに歩いたが、めまいもない。熱もでない。
7日目
8日目 浅かった睡眠が深くなった様だ。
9日目
10日目 病院の外へ散歩に行った。
11日目
12日目
検査の結果、白血球が増えていた。

体調が良いので今回は一週間早く退院できた。その後、一ヶ月しないうちに、抗癌剤で抜けた髪が生えてきたのには、驚きました。今回の入院はいつも以上に長くなると思っていたが、いつもより早く退院できたなんて信じられない喜びです。

◆肺がん 男性 年齢不明

韓国のヨンナム大学医学部教授からのご報告。

「プサンの肺癌の男性は昨年末に亡くなりました。患者さんは昨年1月に余命3ヶ月の肺癌と宣告されターミナルケアー病棟にいました。病院では何も治療を受けることはできませんでした。患者さんは11ヶ月吉報源を食べて、その後、亡くなりました。そこで私は、最終ステージの肺癌にも吉報源は有効であると考えています。」

◆すい臓がん 60歳 女性

2002年2月に黄疸がひどく胆道ドレナージ(ERBD)という方法で手術を受けた。そのときの内視鏡検査で術後に2㎝のすい臓がんが発見され、リンパ腺に転移しているとの事。

胆道ドレナージ(ERBD)手術後の医師からの説明

  • 1. 腫瘍の大きさは2cmであること
  • 2. 手術を受けなければどんどん広がると言うこと
  • 3. 現在の進行ステージは1であること
  • 4. 転移が無ければ手術での5年生存率は50%であること
  • 5. 手術をしなければ再び胆管がつまり黄疸が出ること
  • 6. 吉報源の書類を見せたのですが、こういうので治った人はいません、の一言

当初入院して3日頃に吉報源を知り4日目から1日4包摂取開始。検査などで膵臓がん手術までの期間は20日以上あったがその間、吉報源を服用。その結果、手術時に摘出された膵臓がんの大きさは1㎝であった。
※約20日間で腫瘍が1㎝縮小したと思われます。

ご子息から見て明らかに手術前の患者様は何の病気でもないように元気で明るかったとのこと。

手術後の経過
ものが食べられるようになり先生の許可をもらい早いうちから吉報を食べさせていたので回復が早かったようである。

◆糖尿病、すい臓がん 68才 男性

一年間で体重が30kg減少し、高血糖のため、病院で検査を受ける。以前より糖尿があったが、90%の確率で末期のすい臓癌と診断される。高齢のため、手術や化学療法を行わず、自宅での療養を選択する。

  • 2001年12月20日より吉報源を開始する。当初は1日4包
  • 2002年2月5日には、食欲もあり、体重が2kgほど増加する
  • 2002年4月3日には、体重は4kg増加し、腫瘍マーカーも低下する
  • 2002年5月8日には、体重は、5~6kgほど増加、腫瘍マーカーも更に低下する

◆大腸がん 89歳 女性 (メールはお孫さんより)

2001年9月18日
KIPPOを食べるのは、89歳になる祖母です。祖母は、数年前に大腸にがんが見つかり、内視鏡で切除しました。しかしこの6月、切った大腸の外側にまたもやがんが発見されました。放射線等の治療をしましたが、がんは小さくなることはなく退院となりました。どうか適切な食べ方を教えてください。よろしくお願いいたします。

2001年9月25日
祖母は、足のムクミが多少小さくなってきたと喜んでおります。また、気分もいいみたいで、吉報源を続けて食べるんだと言っています。

2001年10月21日
お世話になっております。KIPPOのおかげで祖母は前向きに毎日を過ごしています。感謝しています。その様子を見て母も飲むことに決めました。

2001年12月25日
お世話になっております。祖母は、元気になってきました。ただ、動きすぎてくたびれたり、風邪を患ったりしたりして(もちろん寒さもあると思います)いまいち本調子というわけではありません。1月に検査を受けると言っています。検査の結果がいいとうれしいのですが・・・・

2002年1月23日
祖母は、元気になってきました。暮れからお正月にかけて無理をしたみたいで、風邪を患っていました。26日に検査を受けることが決まりました。良い検査の結果をみんなで待っています。=この後、お電話で一度お話しをしましたが、天丼を食べても足りずに、うな丼も食べるという食欲だそうです。

2002年2月6日
先日、祖母が検査を受け、その結果が出ましたのでお知らせします。去年、がんの大きさは約6~7㎝ぐらいあったのですが、約3.5㎝位まで小さくなっていたとのことです。ありがとうございます。祖母も、気持ちがより元気となって生活しております。本当にありがとうございます。

◆肝臓がん 58歳 男性

2003.12.8 膵臓癌3.5cm、肝臓転移で入院していた。開腹したが手術できず。余命一ヶ月。

2003.12.12 手術から4日後に吉報源を投与開始。

2003.12.13 翌日に連絡があり、久しぶりに睡眠が良く取れて気分が良く汗も沢山かいた。

2003.12.16 食欲も出て、吉報源開始4日後に退院する。

2004.1.20 食欲もあり体重も増え元気に過ごしている。

◆悪性リンパ腫 大阪府 男性 年齢不明 職業 医師

吉報源を開始して2週間で腫瘍マーカーが低下する。

◆悪性リンパ腫 69才 女性

2002年11月発病
喉の激しい痛み。左耳下のリンパが腫れ顎よりはみ出している状態。医師の診断は、悪性リンパ腫非ホジキンリンパ腫B細胞ステージ2{左喉の腫れと痛み、左顎リンパの腫(50mm×50mm)と左脇の下(10mm×10mm)}。骨髄液の状態は良くないという事。健康食品として、霊芝を使用。

2002年12月25日 身長157cm、体重56kg、豊橋市民病院 入院 血液内科 主治医
鈴木一心ドクターリツキサンによる治療 4回、CHOP 3回の治療予定内服薬は、プレドニン。

2002年12月27日 第1回 抗癌治療開始(リツキサン)歩く事がないので、どうしても便秘がちで薬に頼る。 19:30
発熱37.7℃

2002年12月28日 7:00 38.6℃、10:00 38.2℃、14:00 38.0℃、19:30 38.1℃

2003年01月05日 体重 54.5 kg

2003年1月7日
夕方から吉報源の摂取を開始1日4包。夜はいつも服用する漢方の便秘薬も飲んだ。又、肌が乾燥してガサガサひどく塗る物が欲しいと言われ、お嬢様がオリーブオイルを届ける。

2003年1月8日
いつもは細い便が一回なのに三回も出てすっきりした。肌のガサガサが少し良くなっている。食欲もあり、出される食事はほとんど完食。

2003年1月9日~13日 白血球を増加する注射を合計5回打つ。

2003年1月10日 体重53.0kg

2003年1月14日 白血球数が18400まで増加。(通常は4000~9000)

年月日 2002
12月25日
2002
12月30日
2003
1月6日
2003
1月9日
2003
1月14日
  入院 第一回抗癌治療後   白血球増加の注射1回目  
白血球 7760 8700 1870 1130 18400
ヘモグロビン 13.1 12.6 12.9 12.3 12.1
血小板 40.1 31.3 35.4 29.1 34.6
CRP       0.2  

2003年1月15日 2回目の抗癌治療開始(リツキサン)

2003年1月25日~28日 白血球を増加する注射を合計4回打つ。

年月日 2003
1月16日
2003
1月20日
2003
1月22日
2003
1月24日
2003
1月27日
  第2回抗癌治療後       白血球増加の注射3回目
白血球 3350 2810 2040 1480 500
ヘモグロビン 11.7 11.8 10.5 12.3 10.2
血小板 31 22.8 18.1 24.5 18.2

2003年1月29日 3回目の抗癌治療開始(リツキサン、CHOP)

2003年2月4日~ 白血球を増加する注射。

年月日 2月3日 2月5日 2月6日 2月10日 2月12日
  第3回抗癌治療後        
白血球 2630 21870 1740 3780 17190
ヘモグロビン 10.6 9.7 9.9 11.3 10.6
血小板 31.2 27.5 22.8 28.3 24.4

2/7のメールより「メールありがとうございました。なんと予感的中、近々退院になりそうです。2/6上半身2/7下半身CT検査です。

実は、母がリツキサンンを入れると首の腫が小さくなる
(CHOPでは実感なし)のが自分でわかると言うのです。今では見た目もさわっても、どこが腫れていたのかわからない位。当初予定でもリツキサンとCHOPを三回、様子をみてリツキサンを追加(保険が三回迄しか効かない)という事でしたが、母が自費で追加するよう医師に頼んだそうです。言い出したら聞かない人なので困ります。

さらに困ったのは、自費診療なのでいったん退院して外来で、リツキサン、放射線15回治療するように言われてしまいました。どうも、近隣に血液内科のある病院がなくベッド待ちの患者が大勢いるようです。父も家に一人でいるので家に戻れるのはありがたいですが、風邪をひかせたら…と思うと心配です。」

2/13のメールより「母の本格的な退院は明日決まりそうです。月曜に外泊で自宅に一晩戻りました。」

2003年02月13日 4回目のリツキサン

月日 2月14日 2月17日
白血球 3130 2440
ヘモグロビン 10.2 11.2
血小板 23.9 29.2
CRP   0

2003年02月18日 放射線照射の位置決め、首にマジックで線を引かれる

2003年02月19日 1回目:放射線 (20回予定)

2003年02月20日 午後退院
2回目のCT検査の結果(抗癌剤3回目終了時点)
左耳下リンパ10mm×10mm
左脇の下 殆どわからない位

2月26日のメールより抗癌剤では脱毛を除けばそれ程副作用のなかった母ですが、さすがに放射線は体にこたえるようです。当初15回の予定が、一回にあてる量を減らして20回あてるそうです。

「吉報源を飲めば放射線なんてあてなくても大丈夫」と言っても、「医者がそう言うんだから」と。どうも戦前の教育を受けている人なので先生といわれる立場にある人に逆らってはいけないと思っているようです。「自分の体なんだからね!」という私の言葉に「それもそうだけど…」

でも一番つらくて大変なのは母ですよね。「吉報源をしっかり飲んで体を休めて」と言って来ました。その後、放射線の治療時は体力、食欲、気力が減退した。

4月2日
お嬢様とお電話でお話をして「リツキサンの副作用で髪は抜けていましたが、退院間際に頭がかゆいと言うのでよく見ると産毛のように髪の毛が生えてきていました。入院中にカツラを用意しましたが、退院後にカツラは使用せず、しかし、髪の毛を気にして外出もせず、一日中部屋に閉じこもりきりでした。現在、髪の毛は順調に生えてきて5mm~7mmの長さになってきています。

昨日は、集金の人が家に来たとき、タイミングが悪く母が出てきて対応することになったのですが、母はうろたえずに、集金の人がとてもびっくりした顔をしたので、その顔を見て母が大笑いしていました。髪も少し伸びてきて、昨日からは食欲も出てきたので、前向きに生きる意欲も出てきたようです。」

6/5のメールより
母は食欲も回復してきて、口の中がマズイという味覚障害も少し改善されています。車の運転も今月3日から再開しました。相変わらず、口の中がメタメタして気持ち悪いと言っています。入院前は内科医の高血圧の薬を毎朝一粒飲んでいましたが、現在は安定して飲んでいません。

父は相変わらず、足がだるく膝が痛いと言って、整体や整形、接骨にかかっているそうです。パーキンソンの薬は最初に飲んでいたマドパー錠
(一年以上飲んで副作用はなかった)に戻してもらい、朝一晩一錠飲んでいるそうです。母と私は吉報源を飲んでいればリューマチもパーキンソンも治るからと言うのですが、頑固者の父にはなかなかわからないようです。

痛みで夜も眠れず、又足が動かなくなって車の運転ができなくなるのでは、という不安から神経過敏になっているようです。

7/10のメールよりお陰様で母は元気になり、毎日変形性膝関節症の父を病院のリハビリに送迎しています。息抜きに叔母達四人姉妹で7/4、5一泊奈良旅行しました。帰って来るまで随分心配しましたが、信貴山の上まで歩いてお参りしてきたと言って、元気に帰ってきました。現在月一回通院し、白血球は6/3
2800 7/1 1880 低目ですが主治医からは旅行OKと言われたそうです。

8/19のメールより母はお陰様で毎日元気にしております。毎日父の医者通いです。7/29(火)の通院で白血球は3800近くあったようです。六月末で抗癌剤服用をやめたため増えたそうです。七月には叔母と二人で、積み立て旅行会の九州旅行にも参加しました。一時はあきらめていたのですか、何が何でも元気になって旅行に行きたい一心だったようです。

髪もかつらがいらないくらい伸び
(おまけに白髪より黒い毛の方が多い)、旅行前に美容院でカットして、メッシュを入れてきました。おしゃれ心はこれまで通り私以上です。

半年前癌で入院していたなんて、信じられないくらいです。お盆に母とお墓参りに行き、やっぱりお参りされるより、お参りさせてもらう方がいいねと二人しみじみしました。元気になってくれて、本当に嬉しいです。これも吉報源のお陰です。金田先生(注:吉報源のご紹介者)にはいくら感謝しても足りません。同じような病で苦しんでいる人のお役に少しでも立てたらと思います。これからも、よろしくお願い申し上げます。

  4月8日 4月22日 5月6日 6月3日 7月1日 7月29日 9月2日
白血球 3280 1870 2870 2730 1880 3270 2470
ヘモグロビン 12.3 12 12 11.3 12.5 12.8 12
血小板 22.5 24.7 21.7 22.7 23.2 24.1 23.6
CRP 0 0 0 0 0 0 0

10/9のメールより お元気ですか?こちらは皆 (父を除けば) 元気です。

母は9/22CT検査、10/7結果異常なしでした。一日一袋食べている夫も息子も義母も私もお陰様で健康です。(
私の母が元気になり、血圧も下がったと聞き、義母も食べ始めました) 娘は、息子か私のから一粒食べていて元気です。

問題の父は、痛み止めの薬で胃かいようになり、痛み止めをやめて胃の薬を飲んでいます。人の言う事を聞かずまったく困った人です。

  10月7日 11月4日 12月2日 2004/1/20
白血球 2580 3630 3150 8480
ヘモグロビン 12.9 12 12 13
血小板 22.7 22.5 24.1 34.1
CRP 0 0.1 0 0.8

◆悪性リンパ腫 男性 年齢不明

私事ですが、先日、血液の定期検査に行ってきました。結果は、おかげさまで、白血球が少ない以外は、異常はありませんでした。白血球が少ないのは、いつものことです(3000前後)。

それから、B2Sというマーカーが、1ヶ月前の検査では基準値外(1800)でしたが、基準値内(1200程度)に戻っているとのことでした。このB2Sという腫瘍マーカーは、初めて聞きました。1ヶ月後の検査では、頚部のエコーと血液検査を行います。結果については、またご報告致します。

◆悪性リンパ腫 女性 40歳 (薬剤師のお姉さまがリポート)

2000年 7月28日
悪性リンパ腫で平成11年9月に患部摘出
平成11年11月4日~平成12年2月22日
全6回抗癌剤治療(点滴にによる)
KIPPO使用期間 平成12年6月から7月中旬の約1ヶ月半
1日2回一回2包
朝夕空腹時

KIPPO使用前の主な症状 (抗癌剤の副作用と思われる)

  • 1. 脱毛
  • 2. しびれ 肩から腕にかけてと、手の平・指先・足の甲・足の裏
  • 3. 体全体のムクミ
  • 4. 生理停止
  • 5. 食欲低下・胃痛
  • 6. 体重減少 (身長164cm 体重48Kgが43Kgに)

KIPPO使用後

  • 1. 使用前にも発髪していたのが、髪の伸びる速度が速まったような気がする。眉毛、まつげ、鼻下のヒゲが濃くなったように思う。
  • 2. しびれ感は依然としてあるが、全体的に軽くなった。右手の指先と足の裏が特に気になる。
  • 3. 使用後1ヶ月位からムクミが気にならなくなった。
  • 4. 依然として生理なし。
  • 5. 少量で満腹になるがすぐにお腹が空く、1日5~6回食事をするようになった。油ものを摂ると胃が痛くなっていたが、それも、起きなくなった。
  • 6. 体重45kgまで回復、使用後2週間目位から体がだるくても家事全体をこなせるようになってきた。それまでは、やろうと思ってもだるさに負けて思うように体が動かず、最低限度の事しかできなかった。

その他、KIPPOを飲むとガスが発生してお腹が一杯になる感じがする。それも、一時的。便秘になったが、水分を多く摂る事で解消した。

KIPPO使用前に服用していたもの

メシマ、スピルリナ、加味ショウツウ散、五苓散、センナ、マーズレンS、ビタミンE.C

◆悪性リンパ腫 男性 年齢不明

上記が二ヶ月前で、下記は現在(2002.5.16)のものということです。

    2002/5/16
Hb 15.1 14.3
HCT 42.20% 40.2
RBC 502 479
PLT 25.5 24.7
WBC 4300 3900
TP 7.4 7.1
GOT 20 17
GPT 14 9
LDH 178 153
ALP 167 165
γ-GTP 11 10
    2002/5/16
BUN 12.4 14.1
CRE 0.78 71
CRP 0.06 0
Cu 89 87
β2MG 1.2 1.1
フェリチン 32 49
可溶性IL-2レセプター 1010 1250
チミジンキナーゼ 6.5 5.8

悪性リンパ腫の方でマーカーの上昇についてキッポー サイエンス リミテッドからの返答

悪性リンパ腫のバイオマーカーとして、可溶性IL-2レセプター, デオキシチミジンキナーゼがあります。吉報源は免疫を活性しますので、免疫由来の可溶性IL-2レセプターは上昇します。これはむしろ良い事ですのでご安心を下さい。

その他癌種でも免疫由来のマーカーは上昇します。勿論、癌細胞がなくなれば0になります。免疫由来のマーカーを見るのであればKIPPOを利用した後の数値を基準にして下さい。癌細胞に由来する酵素デオチミンキナーゼは下降します。むしろこの酵素の数値を見てください。勿論マーカーよりも癌細胞自体の縮小を確認するのが確実です。一番確実なのは癌細胞の体積です。 恐らく小さくなっているはずです。7cmの大腸癌も6ヶ月間くらいは要します。

◆白血病 男性 年齢不明

Tさんはおかげさまで、調子が良いようです。本来なら今月にも自家移植を行う予定でしたが、治療の実績が良いので、もう少しリンパ腫をたたいてから10月に移植と変更になったようです。そこで、KIPPOを10月まで継続になったようです。Tさんは満足されているそうです。

◆リンパがん 50代 男性

2003.7.29(Eメールより)
本日、29日に千葉の国立がんセンター東の外来にて、手術後初めての診察を受けてきました。
最初から報告すると

  • 3月下旬に知り合いに開業医の医師に首の右側の腫れを指摘される
  • 従兄弟の関係で、東京女子医大の教授を紹介され、受診して検査。5月上旬に、首の腫れから採取した細胞に進行性・転移癌を告知される。入院して、抗癌剤と放射線療法にて治療しますとのことでしたが、気が進まず入院せず。
  • 神奈川県立がんセンターの頭頚部の部長を紹介され、受診、治療方法は同じで抗癌剤と放射線で、優秀な医師と感じましたが、個室がとれず断念
  • 国立がんセンターを受診、上記2病院と異なり、取れるものは手術で取り、取れないときに放射線や化学療法をするが、それは最後の手段ですとの事。考え方が納得したのと個室がとれるのでここに決める(個室にこだわったのは、金が余ってるからでは無しに、私の神経症のためですから念のため)
  • 首の転移癌手術の2日前に、扁桃に癌細胞がみつかり、これは幸運なことですが、同時に7月4日、扁桃癌と転移した首のリンパ節癌の摘出手術を受けました

以上が今までの経緯です。

29日の主治医曰く:手術の跡はきれいです、今後の転移については、何とも云えないとの事で、8月に診察、9月2日にMRI撮影検査の予定となりました。

今の状況は、体重83Kgが75Kgに減少、 帰宅直後は、何故か「鬱」状態でしたが、今は回復してきました。食欲は旺盛です。

  • 2003.8.1 吉報源を1日4包 開始
  • 2003.8.26 今回、Kippoを頂戴し飲み始めて約3週間が経過いたしましたので、ご報告申し上げます

<>明らかな変化: 2年前から、1日おきに服用してた下剤(神経の抗鬱薬を服用始めてから便秘)を飲まなくても便通が通常に戻りました(1週間前より)

推定変化  : 5年前から週に1~2回頓服しておりました安定剤(以前はソラナックス・最近はリーゼ)を飲む回数がかなり減ったと思います

今後について

私がKippoに最も期待しているのは、国立がんセンター東病院で7月4日に手術した中咽頭癌の再発と転移がなく生きられることです。

放射線と抗癌剤の治療より、私は手術を選択しました。

そして、欲張って2つ目に期待しておりますのは、現在、毎日服用している睡眠薬が無く眠れ、抗鬱薬を毎日服用せずに暮らしたい願望を叶えてもらうことです。Kippoに期待しております。

2003年9月27日

  • 18日、予定とおり吉報源受け取りました
  • 16日、国立がんセンター東で手術後初めて撮影した映像検査MRI結果では、手術(7月4日)で摘出した中咽頭の扁桃及び転移した首のリンパ節付近は異常なし再発なしで、安堵しております
  • 前回メールでもご報告しましたが、便通は5年ぶりに快便です
  • 睡眠に関しては、今まで睡眠導入剤と安定剤を服用しており、一度両方を止めましたが、寝た感じがせずかかりつけの精神科医に相談したところ、こういう時期(癌闘病)なので無理をせず薬は飲みなさいとのことで睡眠導入剤だけは服用しています。それから、2,3日前に気がついたのですが、夢を見なくなりました。私の今まで見る夢は悪夢ばかりでしたので、これも嬉しいです

◆リンパがん 女性、年齢不明

  • 2000年6月に乳癌の手術をうける
  • 2002年6月にリンパに転移して、リンパがんと診断される
  • 2002年12月下旬より吉報源を開始
  • 2003年1月 リンパがんの腫瘍マーカーが低下する

◆前立腺癌、胃潰瘍 神奈川県 70代 男性

2000年夏頃
前立腺癌と診断される。
2001年1月24日
吉報源を開始する。同時に患部に遠赤外線ランプを照射していただくように申し上げる。(癌細胞は熱に弱い。)
2001年5月24日
体重も増え、大分元気になってきた。以前は、食事をご近所にお住まいの娘様が作らなくてはならなかったが、一人で外食に出掛かることができるようになり、娘様のご負担も軽減。また、お孫さんとともにドライブへ出かけることもできるようになる。
2001年5月28日
おハガキが小社へ届く。以下、その内容
前略 何時もお世話になり有難うございます。(中略)吉報源のお陰で、医者も前立腺癌のホルモン注射を一時中断すると言われる程になりました。それと共に昨年夏の62キロから55キロに減った体重も最近2キロ増え57キロまで回復いたし、大分元気も出て来ました。昨年夏同時に悪くなった胃潰瘍もその後の経過も良く、6月9日カメラで検査することになりました。(中略)人間は加歳と共に次第に衰え、死に至ることは避けられないとしても、最後まで他人の力を借りず生きたいものです。今後と宜しくご指導の程お願い申し上げます。なお、重ねて御礼申し上げます。
2001年9月10日
ご近所にお住まいで吉報源をSさんへご紹介してくださったOさんよりe-mailを頂戴しました。「おはようございます 今日は 朝から嬉しい知らせが入りました 。○○のSさんの癌の数値が下がって心配無くなった様です。多分ご自分で 電話なさると思いますが嬉しくて先にメールを送ります。 ありがとうございました。」

◆乳がん手術のあと 39歳 女性

2001年6月13日
乳癌で3週間前に乳癌の温存療法の手術を受け、退院後、毎日、20日間の予定で放射線治療に通っているとのこと。大きな癌細胞は切除して、豆粒大の癌細胞2個は切除せずに放射線で治療しようという方針でした。副作用のせいか、食欲はあまり無く、顔色もすぐれず。

以下、Oさんからのeメールと実際にお会いした記録です。

6月30日(eメールより)
KIPPOを飲みだして2週間がたちました。 ライナック(注:放射線治療装置の名称)も取り立ててこれといった副作用もなく、無事に終わりました。 お医者さまから「飲めるならのんでみろ」といわれたお酒も毎日のめるし、 普通は無くなるはずの食欲も全開です。 週に2回打っていた「白血球の減少を予防する注射」が合わなくて腕が蜂にさされたようになってしまい、中止になったのですが何も問題はおこっていません。 KIPPOのお陰でしょうか? 美容院の担当のお兄さんや私のBFにも顔色が良くなって元気そうだって、 とても癌で手術をしたとは思えないといわれました。 (^。^)
7月1日
この日は久しぶりにお会いして焼肉を食べに行きましたが、よく飲む、よく食べる。顔色もよく、以前お会いした時と比較して、考え方も前向きになっていた。
7月8日
夕食を一緒にとる。もう一名、健康な人間が同席していましたが、食べる量、飲む量はOさんが一番。
7月25日(eメールより)
伊豆の旅から戻り、増えた体重と格闘しています。先日、2日間のプチ断食をしたのですが、結局食べてしまい、ダメでした。 食いしん坊には、断食ダイエットはダメだという事がわかりました。 (中略)私の体調は依然として絶好調です。 ダイエットしても、ちゃんとウンチはでてるし。 でも、痩せない~~。  入院前から2kg増えてしまったのを何とかしたいのだけど・・・・・・。 まあ、健康が一番ですか。 でも、やっぱり痩せた~~~い!
7月29日
お会いして、癌のことは全く気にしていない。それより、体重の話ばかり。9月に職場へ復帰するに当たり、制服が入らないなど。その後も一ヶ月に一度のCTと血液検査。

9月の検査では、放射線技師が癌細胞のあった場所を探しても見付からなかったそうだ。しかし、手術の傷によって重いものを持つと左腕が痛くなり、むくみが出ることは改善されない。

2003年3月(eメールより)
3月からフライトに復帰しました。 腕がやっぱりむくんだり重い物が持てなかったりして 色々大変ですが何とかやってます。 KIPPOも大事にちょっとづつ、今は1日に1回半包づつ飲んでます。 が、もう底をつきそうです。

メールを頂戴してから、数日後にお会いしました。第一印象は、とてもお元気そうでした。病院の検査も2ヶ月に一度になったとのこと。血液検査の結果も癌のマーカーを含めて全て正常値。以前は「白血球数」と「肝機能」が正常範囲外。数年前から「白血球増多症」といって通常は4000~8500個/m?の血液中の白血球数が1万2000個を超えるような症状があった。しかし、現在は、全く正常値でご本人も驚いている。ヘビースモーカーでは、一万個以上になることが珍しくなく、Oさんもヘビースモーカーですが、タバコの量は減らしていないそうです。また、飲酒量は以前と変化なく毎日ワインを1本くらい飲んでいるそうだが肝機能も正常だったことにも重ねて驚いていた。

◆乳がん後の抗がん治療 47歳 女性

乳がんで患部を切除し、その後、抗がん治療を行っているが、その副作用が強い。開始後、1週間で、副作用が軽減される。

◆子宮がん 33才 女性

既往歴 :
医薬品・健康食品の摂取状況 : 
但し、sep. 06.’01 ~ sep.19天然のサルノコシカケを煎じた物飲水及びリメインヤング(錠剤)飲食、リメインウオーター飲水
症状 :
aug.30 性交後におりものに微かな不正出血(おりものの黄濁色化)⇒医師診察
sep.06 追検査 細胞検査(癌検査)
sep.10 MRI検査
sep.13 病状説明により、至急頚部癌 線癌病期予測1期
oct.01 入院
oct.02 手術   子宮全摘出+骨盤内リンパ節郭清、両側附属器切除、oct.31 細胞病理検査により病期確定 Ⅰb

1期
浸潤が1cm強みられる為やはり円錐切除だったとしたら、再手術だったでしょう。リンパ節への転移もなく追加治療はしません。1ヶ月毎に定期検診に来て下さい。(Dr 話)
吉報源を摂取した期間 :
sep.24.2001 ~oct.24.2001(~現在も摂取中)
[但し oct.01 18:00 ~oct.04 15:00 除外]
1日@ 3包
摂取type :
粉末  (oct.30 より粒状)

症状の変化について

sep.24.11:00 first drink 30分後お腹がホッカホカして食欲が普段の倍になる!これには驚きました!


Oct.01 入院 平熱36.3℃ weight42.0kg
    02 手術
    04 歩き始める、大部屋へ移動
    05 歩く、この日よりリンパ液がドレーン挿入口より多量に漏れる
    06 点滴終了、この日よりリンパ液が2回各1h程乳微に為る
    09 採血2本 体調良好
    10 体温36.7℃平熱になる、半抜糸
    11 37.0℃→36.7℃  抜糸終了
    15 37.4℃  (セブゾン100mg.miyaBM1g)3回x7day
    ↓  採血有り   体調良好
    18 36.7℃  遠い部屋へ移動 (この部屋は気温の寒暖差が激しい)
    ↓  採血有り   だるい
    25 37.0℃ だるい、低血圧気味
    26 36.8℃ 怠惰
    27 36.9℃ BPバックのみ外れる
    28 36.8℃ 採血、ドレーンカット始まる
    29 36.4℃ 頚部より出血
    30 37.0℃ 左ドレーン口痛み、
         夜食事できなくなる(ナウゼリン1錠)
    31 37.4℃ 朝ドレーン全て抜ける、昼食後吐く(ナウゼリン1錠)
Nov.01 37.1℃ 朝より(セブゾン100mg.miyaBM1g)3回x7day
         昼食後ロキソニン60mg x1錠
    02 36.8℃ 頚部より出血 08:00ロキソニン60mg x1錠
         12:20ナウゼリン1錠、17:00ロキソニン60mg x1錠 
    03 37.4℃ 頚部より出血 だるい
    04 37.2℃ 頚部より出血 だるい
    05 36.8℃ 入院して初めてシャワーする 気分が良い
    06→12 頚部より出血有るが、体調回復

*使用して感じた事*

確かにkippoのおかげで食欲が出た!と実感しました!!!!全体的な感想は、物理的且つ強制的な健康状態も、急激な気温変化、又個人の生まれながらに持っている”身体の力”と自己治癒力の差、及び食べる物により左右されてしまうのが残念な気がしました。

入院してから、私がKIPPOのお陰で?!!!元気だったせいか、再度ナースセンターより遠い部屋への移動をしなければ行けないような状況になり!!古い病棟なので、気温の変化が厳しい部屋に移動になった時から、身体が「健康的生活と活動」をしなくなり、自分持っている、生まれながらにして丈夫でない且つ健全でない身体に、肝心なところで頑張りが利かない身体に、不甲斐無さを感じて止みませんでした。

又食べ物は考えられていたとは言え、平常食以上のカロリー計算もされていませんでしたし、持ち込み等により補わざるを得ずこれ又歯痒さをかんじました。ドレーンが外れる頃に体調を崩した時には、白血球の数値が平常時の1.4倍になりました、痛み止めを併用していた時です。的確な数値がなく申し訳ありません。

KIPPOに望む事は、個人の”生まれながらに持っている身体の力”をも改善できる事が出来る商品になって欲しいです!後、入院をしていて感じた事は、癌の治療を受ける人も、この”生まれながらに持っている身体の力”により、骨髄の”白血球製造力”の違いが生じて、治療を延期される人と受ける事のできる人の2通りに別れていました。治療方法も癌の種類もそれぞれ様々でしたが………病院の同室の方等にもkippo勧めてみましたが..

4月の末に長野から都内に引っ越してきました!今では普通の方により近い生活を送っています!先日初めてハイヒール(5cm)を履きました!これもKIPPOのおかげだ!と思っています!

経過報告をさせてください

手術後の経過について

3月にアパートを決める際、新幹線にて上京、常に足は椅子の上で伸ばしていました。弾力性ストッキング着用(圧迫圧は弱)

朝kippo1袋 歩いた距離は1.5km未満!凄くゆっくりとしか歩けませんでした。日中はリンパが腫れやすく1時間に1回は休まなければ歩けませんでした。若しくはそれ以上!!

腿がズボンの中でパンパンに膨れました。筋肉が無かったので右足が関節炎になりました。当日は足をマッサージして上げてKIPPOを飲んで寝ました!(この日だけ追加1袋)翌日足も快調浮腫なし!!筋肉痛にもなりませんでした。主人が筋肉痛になったくらいです!

その後も毎日朝1袋飲用。 この後歩ける様になってきたのか車の運転も始めましたが、ギア式なので付け根が痛くなる事が度々有りました。なので運転は片道10分以内(田舎なので7~8kmは行きます!)

運転後は足を上げて30分は横にならなければ膨らみます。ですが日毎足(腿)のリンパの膨らみが軽減してきました。2週間後再度契約のために上京!関節炎なし!足取りも軽く?KIPPOを飲み続けているからかな?…!!

4月引越しの準備と家事、育児に明け暮れ
5月初旬引越しして連休中に荷物の整理

医師の検診について

  • 1. 5月までは4週に1回
  • 2. 5月から8週に1回

(投薬の関係上:私は手術以外の追加治療は無かったのでEstraderm M を2日に1回張り替えるのみ!他の投薬とホルモン系等の注射、放射線諸々は一切ありませんでた!:と言うのも私と同じ若しくは軽度の患者さんの中でも他の医師の場合では、飲み薬、1ヶ月に1回計4回注射等をされている方等もいます! ⇒医師の治療法にも寄ります)

5月末頃から6月末頃の1ヶ月間、但し忙しさが災いしたのと自分自身の驕りにより1日毎1袋の飲み忘れと在庫が切れの注文忘れのため体が不調になりました!食事の量も激減しました!今は元気です!豚肉食べて頑張っています!

ところで本来ならば弾性ストッキングも1足2万円の物(私に合うサイズは規定サイズには無いので)を買わなければ為らないのです。それも1足4ヶ月位で交換、2~3足を交互に履く物なので4足は持ってないと不安!ですがkippoを飲んでいるので1足6千円位の物X4足で事足りているのです!経済効果も良いですね!

◆子宮がんの手術あと 50代 女性

私の叔母さんは4年前に子宮癌の手術をして1年前に左頭の下の所に5センチの血の固まりを取る手術をしました。

その後は子宮癌の手術影響で膀胱が麻痺しオシッコが溜まっても本人が気付かないんです。それと体が重いってよく言ってました。それから友人の紹介でKIPPOを知りました。

それが2ヶ月前の事ですが叔母さんはそれを飲み始めから私は一日一日元気になって行く叔母さんを見て本当に驚きました。

今は麻痺してた膀胱が段々感覚が分かって来たと言ってます。元気になって行く叔母さんを見たらKIPPOに感謝したいと思います。本当に凄いです。病気の人に為にこれからもKIPPOを知られるように頑張って下さい。

◆喉頭がん 70代 男性

III期の喉頭がんで触診でも分かる状態であったが、吉報源をお召し上がりになって約4ヵ月後にレントゲンで腫瘍の消失を確認。

◆胆嚢(たんのう)がん 70代 女性(薬剤師さんの義母)

2003.6. 胆嚢がんがレントゲンで4cmと確認される。

2003.10(4ヵ月後) レントゲンでは約半分に縮小。転移はなし。痛みもない。

◆脳腫瘍 脳から骨髄に転移 50代 男性

脳腫瘍が骨髄と脳に転移したため何時、亡くなってもおかしくない状態で、抗癌治療は10日行っては10日休みというクールで行っている。

2000年6月に吉報源を開始。開始後、翌日に気分が良くなる。
2000年9月に患者様は亡くなる。しかし、吉報源を開始した時点でいつ亡くなってもおかしくない状態だったそうで、ご遺族より「延命できて有難うございました。」とご連絡が入る。

◆下垂体腫 55才 女

約10年前に下垂体腫と診断される。自覚症状は視野の狭窄(左眼が見えにくい、視野の1/4位が欠ける。)、暗くなると目が見えにくくなる、無月経。

2003.6.25 吉報源を1日6包 開始。腫瘍の大きさは縦41mm、横38mm。

2003.6.29 ほんの少し眼が良くなったような気がするのです。

朝から何となく少し眼が良くなったような瞬間が何度かる。

2003.7.22 下垂体を中心にMRIを撮影する。

検査結果 Impression : 鞍上部に進展する下垂体腫瘍を認めます。

2003.10 以前と比較して暗くなっても眼が見えるようになった。

2003.11.24 十年来なかった月経が再開する。

このMRIから腫瘍が縮小し、縦40mm、横30mmになった。観察を継続予定。(腫瘍の部位により縮小時間が異なる)腫瘍の縮小に伴い、視野狭窄の改善や月経が再開したと考えられます。

がん患者様が吉報源を服用することにより腫瘍が縮小し、体力や食欲が増進されると言えます。吉報源は腫瘍の部位を問わず効果を発揮します。血液性のがんにも効果があります。